【タイ語のことわざ】万が一あの二人が出会ったら、確実に血を見ます。

「情けは人の為ならず」という言葉が日本語にあります。

本当の意味は、情けをかけることは回り回って結局自分のためになるという意味です。

どーもあそーくです。

中にはこの言葉を、「情けをかけることはその人の役に立たない」といった意味で使う人がいます。

現在ではまだ「結局は自分のため」という意味が正しい意味とされていますが、これから先は「情けをかけるのはよくない」という意味が優勢になり、辞書的な意味が変わる可能性もあります。

言葉は基本的にコミュニケーションのツールなので、多数決で正しい意味が変わることがあります。

今回紹介するタイ語のことわざは、元々の意味が、まったく逆の意味に変化したもののひとつです。

それではどうぞ

ศรศิลป์ไม่กินกัน

弓矢は相容れない

発音:sɔ̌ɔn sǐn mâi kin kan)

単語
  • ศร:矢、弓
  • ศิลป์:芸術、工芸【一般的な意味】
  • ไม่:~しない、~ではない
  • กิน:与える(影響、感動など)
  • กัน:一緒に~する、互いに~し合う

今回は意味の前に少し単語の補足説明をします。

まず、「ศร(sɔ̌ɔn)」と「ศิลป์(sǐn)」ですが、この二つの単語で「คำคู่(kham khûu)カムクー」となります。

「ศร」は弓矢全般を指し、紐状のもの(糸とか鉄線とか)の張力を利用して、弾いて飛ばす武器全般のことです。

クロスボウや中国の孥弓なども含みます。

「ศิลป์」は通常は芸術とか美術とかを表すものですが、。「ศร」と同じ矢という意味です。

この意味で使うほとんどの例は、韻文中のものです。

王立学士院の辞書には「ศร」は矢、「ศิลป์」は弓と分けていますが、カムクーで使われるモノです。

あえて違う意味に分ける必要ある? と思いますが、権威ある辞書がそういっているので、元々はそういう別々の意味があった程度でいいと思います。

タイ人でも厳格に言葉を定義つけている人以外はよく分かってないと思います。

しかも、僕ら外国人ですから。(笑)その辺は適当でいいかと。

MEMO

「คำคู่(kham khûu)カムクー」とは「คำ(単語)」、「คู่(対、ペア)」の二つの単語から分かるように、二つの似たような単語を合わせて一つの単語にしたものです。

日本語の例でいうと、例えば「停止」という単語があります。「停」も「止」も「とまる」という意味をもっていますが、二つの文字が合わさった「停止」もまた「とまる」を意味します。

例えば「มากมาย」や「สวยงาม」という単語もそれぞれ「มาก」、「สวย」と同じ意味を持つということです。

また、ことわざ中に出てくる「กิน」ですが、普通は料理など、何か口に入れる動作を表し、食べるとか飲むとかで訳します。

今回のように、影響や被害などを「食らう」場合にも使われる動詞です。

日本語と同じ表現方法なので覚えやすいかと思います。

このことわざの中では矢は食べられませんが、日本語でも「矢をくらう」とか、「弾をくらう」って言ったりすることも可能ですよね?

このことわざは双方互いにうまくやっていくことができないということを意味しています。

元々の意味と由来となった話

元々このことわざは、「同じ血族や同族の者同士、あるいは友人同士は傷つけ合うことはない」という意味でした。

弓矢が「戦い」を意味していたので、戦いを交わす間柄にないという意味で捉えられていました。

「ศรศิลป์」は韻文中で使われる単語と前述したとおり、このことわざはラーマキエンから来たものです。

ラーマキエン(Ramakien)はタイの重要な古典文学であり民族叙事詩。

インド人のヴァールミーキがサンスクリット語で編纂したインドの叙事詩ラーマヤナが元になっている。タイ人には古くから知られている。ー引用:Wikipedia

その中のラーマ王子が息子であるモンクットと戦う場面に由来しています。

二人は実は親子同士であることを知らずに戦います。

ラーマ王子はモンクットを殺そうとして矢を射ますが、この矢は神酒へと変化しモンクットの顔に降りかかります。

一方モンクットがラーマ王子に放った矢は、炒り米(ポップコーン状になった米。尊敬を表す)となってラーマ王子に降りかかります。

互いに傷つけ合うことができません。というのも、二人は親族同士なので、戦い合うことは不可能なのです。

というストーリーがこのことわざのもとにあります。

こういった話が土台にはありますが、いつしかことわざが独り歩きして、変化していきます。

現代では「上手くやっていけない」、「仲良くできない」、「両立しない」、「敵対する」などの意味になったということです。

どんな時使う?

双方が親交を結ぶことが無理な時、互いに仲良くすることが出来ない時に使います。

どうしても敵対関係に陥ってしまうような間柄です。

元々の意味である、親子関係とか、気の合う親友同士とはまるっきり180度逆の場合に使われます。

犬猿の仲とか、仇敵といった関係です。

こういった関係の場合は親交を結ぶという間柄にはないですから。

具体的使用例

ソムチャイ君をめぐって激しく争っている花子さんとオームさんは「弓矢は相容れない」関係です。

というのも会社員で、平均的な女子としての人生を送ってきた花子さんと、夜の商売をしていて、しかも男子のオームさんでは価値観が全く違うからです。

そんな二人はそこそこ腕も立つので、万が一修羅場にでもなったら血を見ることは避けようがありません。

おわり

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