バンコクは現在の王朝が出来てから、大きな戦火に見舞われたことがないので、現在も使われている歴史的遺産が町中に残っています。
今回は王宮からも歩いていける橋を紹介したいと思います。
大きくて立派な橋ではありませんが、そこそこ古い橋で、いわれもあるところです。
それではどうぞ
タイの泪橋??
今回紹介する橋は、サパーン・マハータイ・ウ・ティットです。
この橋は別名「サパーン・ローンハイ」と呼ばれています。
サパーン(สะพาน – saphaan)はタイ語で橋という意味ですが、ローンハイ(ร้องไห้ – rɔ́ɔŋ hâi)で泣くという意味です。
思いっきり意訳すると泪橋です。ので以下泪橋とします。
実はこの橋、タイの重要文化財に指定されているほどの由緒ある橋なんですが、規模的に外国人観光客の目を引くほどのものではないので注目度は低いです。
ただ、タイ人にとっては重要な意味を持った橋なんです。
橋の概要
橋は仏暦の2457年(西暦1914年)10月23日に完成したので、随分と古い橋です。
そもそもはチュラロンコーン大王として知られている。ラーマ5世を讃えるために建造されたものです。
王室や政府が協力して資金を調達してできた橋でもあります。
その額は当時の金額で57,053バーツ29サタンにも昇りました。(サタンは1バーツの10分の1の単位)
この当時の金額的なのは日本円でもよくわからないので、タイバーツなら尚更ですが、とにかく莫大な費用がかかったというのは伝わります。
この金額の中には公衆衛生局に寄付されたものも多くを占めています。
このように当時の国家を挙げた一大事業ですが、なぜココなのでしょうか?
当時からこのエリアは栄えており、人の往来の激しいところでした。
そのためここに橋を掛けることにより、さらに人の往来を活発にすることがラーマ5世の考えでした。
その後ラーマ5世は崩御され、ラーマ6世によって名付けられたこの橋を先王を讃える橋としたのです。
ちなみにラーマ5世の葬儀の際にはこの橋の模型が、中心となっていた行政庁である公衆衛生局によって献上されたと伝えられています。
それだけラーマ5世の思い入れの強かった橋ということです。
現代工法で造られた巨大な橋をみなれている現代人にとっては、この橋は小さな物に感じるかもしれませんが、タイの歴史的には重要な遺産のひとつなのです。
現代とほぼ同じ工法で建設されたこの橋は、ヨーロッパの建築様式です。
橋のレリーフ
橋の欄干には、子供を抱いている女性の彫刻があり、橋のシンボル的なものとなっています。
このレリーフには、まるで母が子を抱いて泣いているようなものが彫られています。
それは橋の中程にあり、子供の手には月下香の花が握られています。
反対側には男性が微笑んで子供の肩に手を添えているものが彫られています。
このデザインのモチーフは、ラーマ5世の恩情を描いている男性と子供のレリーフと、それを思い出し、嘆き悲しんでいる国民をイメージした母子のレリーフが反対側に彫られているという構図で、ラーマ5世を偲んだものとなっています。
これがこの橋を泪橋と呼んでいる由縁です。
ラーマ6世は先王の葬儀の日の近くに、橋の開通の儀式を行いました。
現在ではこの橋は拡張工事を施さずに車が通行できるバンコク唯一の史跡です。
しかも9割は最初に作られたままの形で残されているそうです。
これは是非見ときたいポイントですよね?
泪橋(タイ版)の場所
橋のあるポーンプラーク区ですが、プラナコーン区と接しています。
バンコクのプラナコーン区は正王宮やワット・プラケオを抱えたエリアで、カオサン通りもあり、バンコクを訪れた人でここに来たことのない人はいないのではないか? といった区です。
チャオプラヤー川と運河で囲まれたプラナコーン区は、まるで島のようです。
このバンコクの旧市街エリアでもあるプラナコーン区に接しているのがポーンプラーク区です。
しかもプラナコーン区からポーンプラーク区に入ってすぐの位置にあるのが目的の橋です。
橋のたもとにセンセープ運河の船着き場があって便利な所にあります。
ボクシングジムはありません!(笑)
バンコクが水上交通が中心だったということを踏まえると、本当にかつてはバンコクの中心的地区に位置した橋だったんだと分かると思います。
GoogleMap 上には橋の名前は記載されていないのですが、Phan Fa の船着き場の左側にある小さい橋です。
センセープのボートで来た場合は、船着き場を降りてすぐの所に位置しているので、ボートで来るのが一番のオススメです。
王宮方面からだと、民主記念等を目指して歩き、運河を超えた辺りになります。
詳しくはこちらの記事のパンファー船着き場までの行き方が参考になるかと思います。

ホントに船着き場のすぐ近くです。迷うことが難しいくらいです。
この橋の近くには、マハカン砦が残されていたりと、むかしのバンコクを発見できる場所もあります。
王宮からは少しばかり歩かなければなりませんが、来て見る価値は充分あると思いますので、時間があったら見に行くのをオススメします。
おわり