今回紹介するタイの昔話はタイ中部の有名な滝にまつわる物語です。
この物語は若い男女の悲恋の話ですが、日本に限らず滝とか湖とかの水辺にはこういった悲しい話がつきもののようです。
それではどうぞ
サリカ滝とは
ナコンナーヨック県はバンコクの東北に位置するタイ中部の県です。
ここにあるサリカ滝はナコンナーヨック県の重要な観光地の一つです。
県の中心部から15キロ離れているこの滝はとても美しい滝です。
滝は9層にも達するもので、各々の層は広大な滝壺をたずさえており、人々がくつろいでゆっくりするのに適した場所となっています。
このサリカ滝には、兄弟や近しい人たちを悲しみに包んだ結末をむかえることとなる二人の若い男女の伝承が伝わっています。
最初に説明しておくと、ナコーンナーヨック県がタイという国の境界地域だった時代の話です。
国境地域ということで、タイにとっては軍事上の重要な拠点でありました。
このような場所や時代での話です。
それでは本編です。
サリカ滝の物語
ナコンナーヨックには自分の領地を平和で平穏に、そして民が飢餓に苦しまないように統治しているような立派な領主がいました。
そこでの生活は幸せそのものであり、完ぺきなものでした。
このナコーンナーヨックの領主にはとても美しい娘が一人いました。名をサリカと言いました。
領主は自分の娘のサリカのことを、それはそれは愛しく思い、とても大事にしていました。
この時代にはまだ常備軍というものはありませんでした。
その代わりに侵略してくる敵に対しては、壮健な男たちを徴集して戦いに臨んでいたのでした。
すなわち、男たちを徴集しているような時というのは、いつも戦争をしている時ということです。
そのため、ナコーンナーヨックの領主は領地を守るために外部から来る兵士の徴集には一定の基準を設けたのです。
このような傭兵の一人に名をタートという若い男が領地を守るための兵士として徴集されました。
彼はお城の中がいつも安心して出入りが出来るようにしておく守衛の任務を仰せつかっていました。
というわけで、サリカと出会う機会はあったので、領主の全く知らないうちに二人は親密になり、ついには互いに愛し合うまでになってしまいました。
その後、戦況は落ちついてきて、敵が兵を引き上げていきました。
領主は徴集命令を解除し、徴集されていた兵士たちに自分の故郷に帰るように命じました。
つまり、その帰国命令はタートも含む全員に対してのものだったのです。
サリカはその知らせを聞いて悩み苦しみました。
なぜなら、自分はもう愛する人に再び会うことは出来ないだろうと思ったからです。
ある日、二人だけでいる時に自分たちの将来について話し合いました。
「もう二度と会うことは出来ないかもしれません。私は故郷に帰らなければなりません。お館様はこれ以上私をこのお城の中に住むことをお許しにならないでしょう」
とタートは愛するサリカに言いました。
「そしたら私たちどうしたらいいの? あなたが行ってしまったら私は悲しくて死んでしまうわ」
サリカは悲しくて泣きながら言いました。
「あぁサリカ様、私たちの愛はこれで終わりなのです。私だってあなたから離れなければならないのなら、この命なんて要りません」
タートも泣きながらサリカに訴えました。
「タートや、お前は私のことを本当に愛しているの?」
とサリカは問い返しました。
「そんなこと仰らないで下さい! サリカ様だってご存知のはずでしょう? サリカ様は私の愛する一番大事な方です。死が私たちを分かつとも私のサリカ様への愛が失われることは決してありません!」
タートはサリカの訴えに、こう応えるのでした。
「お前は私を愛しているし、私だってお前と同じ様に愛している。それなら一緒に逃げましょう! タートよ! どこだっていい、そして一緒に暮らすのです。誰も私たちのことを見つけることのできないくらい遠い処へ…」
サリカはタートを促すように言いました。
「サリカ様は自分で何を言っているのかご存知なのですか? 仮に一緒に逃げたとしてもお嬢様が大変な生活に耐えられるでしょうか?」
とタートはサリカに問いただしました。そして続けて
「お嬢様は今まで宮殿の中で幸せな暮らしを送っていたのですよ! 私は慣れているので問題ないですが、はたしてサリカ様にお城の外の生活に耐えられるかどうか…」
「お前が耐えられるというのなら、私だって耐えることが出来ます。どんな生活が待っていようとも私はお前と一緒にいるわ」
とサリカは答えたのでした。
そしてとうとう二人は一緒に苦難の道を進むことを決意し、共に逃げ出すことを約束したのでした。
一方、サリカとタートの関係を知った領主の怒りは大変なものでした。
二人がお城から逃げ出したあと、すぐに軍に二人の後を追わせたのです。
さらに追手の軍には、二人を見つけたらタートをその場で殺し、サリカをナコンナーヨックまで連れ帰るように命じたのです。
タートとサリカの二人は追手から逃げるためにあちこち放浪した末、森を抜けた滝のある山にたどり着いたのです。
「タートや、はたして私たちは逃げ切ることが出来たのかしら? 私はなんだか追手がそこまで迫ってきているような気がしてなりません」
とサリカはタートに聞きます。
「私にもわかりません。運命を天に委ねるしかありません。ただ言えることは、誰もサリカ様を私から引き離すことなど出来ないということです。追手が来たとしても戦って死ぬだけです」
タートは確固たる意志をもってサリカに答えました。
「そうね。私たち死ぬのも一緒よ。たとえ今生で一緒になれなくとも来世で一緒になればいいわ」
とサリカは固く決心しました。
しばらくすると二人には追手の軍が近づいてくる音が聞こえてきました。
若い二人は共に立ち上がり、手を取り合って崖のふちまで歩いていったのです。
追手の軍はその二人の様子を目にして愕然としました。
「ダメだ!」
追手の兵士の一人が叫びましたが、その声は二人に届くことはありませんでした。
サリカとタートはしっかりと抱き合ったまま崖から飛び降りてしまい、帰らぬ人となったのです。
追手の兵たちは皆、眼の前で起こったことが信じられず悲嘆にくれるばかりでした。
兵の中の誰もが、ここが愛が成就することのなかった二人の終の場所になるなんて思いもよらなかったからです。
このとき以来、いつしか地元の人は二人の飛び込んだ滝のことを「タートとサリカの滝」と呼ぶようになりました。
これが現在「サリカ滝」と呼ばれるようになった滝に伝わる物語です。
おわりに
タイの中部ということで、バンコクからもそう遠くない場所なので訪れた方もいるのではないでしょうか?
なので、訪れた際は「そう言えばそんな話あったっけ…」と思いつつゆっくりと余暇を楽しめれば、タイ人と同じ気持ちで観光できるかもしれませんね。(笑)
というわけでナコンナーヨック県に伝わる物語でした。
おわり