タイシルクは日本との合作?ジム・トンプソンの貢献も偉大なんですが…

バンコクでお土産物の筆頭といえば、タイシルクであることに異論を唱える人はいないと思います。

まーお値段も筆頭クラスなので、未だ手に入れていないあそーくですが、みなさんはどうでしょうか?

今回はこのタイシルクについての話題です。

何枚も所有している方も、これから購入しようかなという方もお楽しみ下さい。

では、どーぞ

タイのシルクはいつから

タイシルクはタイ語で「ผ้าไหมไทย」(phâa mǎi thai)といいます。

そもそもシルク(絹)の生産技術である養蚕は、チャイナで5000年以上も前からあったと言われています。

この養蚕の技術は長い間チャイナ極秘の技術であり、そのためシルクロードが出来たというのは有名な話です。

日本では弥生時代には既にこの技術は伝わっていて、数少ない例外であったようです。

では、この養蚕の技術はどういう経路でタイに伝わったのでしょうか?

今ではチャイナシルクよりある意味有名になったタイシルクの歴史を紐解いてみたいと思います。

…分かりません。

というか、タイの古い時代のことはよく分かっていないので、養蚕についても分からないということです。

言い換えればそれくらい古い時代から養蚕を行っていたとも言えます。

と、「以上です。」ではあんまりなので、少し気にかかることを…

古い時代にタイ族と同時に南下してきたか、現在の地に滞在し始めてかなり早い段階のどちらかに養蚕を始めたのは事実です。

ただ、タイ族が今のタイランドに入ってきた経路というのは北方のチェンライとかチェンマイが先なのですが、この地域には古い養蚕の形態は残っていません。

イサーンやラオスにあるのみなのです。

これは東方から養蚕の技術が伝播してきたと言えるでしょう。

ちなみにタイの絹糸はチャイナのものと比べ、黄色くて、太くて節のものが多いという特徴があります。

しかも品質がいいので、チャイナのものより高級品になるそうです。

ただ、タイ産の絹糸は「白色」がないため、これに関しては輸入に頼っているそうです。

一般的なタイシルクの縦糸にはチャイナ産などの輸入品、横糸にはタイ産の糸が使われることが多いというわけです。

まー、本当の高級品には縦糸、横糸ともにタイ産ということらしいです。

では、なぜタイのシルクは品質がいいのでしょうか?

一般的に多化性のカイコの糸から作られる物は、丈夫で柔らかいと言われています。

多化性

昆虫の、1年に3回以上の世代を繰り返す性質。

タイは一年中暑いので、年に何度も孵化するというわけです。

チャイナより養蚕に適した地域であったことは間違いないようです。

前述したとおり、旧来の養蚕が行われているのはタイの東北部(イサーン地方)のみです。

このエリアでは今でも家内工業で養蚕をおこなっています。

イサーン地方の特産なので、OTOPの商品にもあります。

OTOP
オートップ:タイの一村一品運動

この伝統的な養蚕がなぜ今の形になったのでしょうか?

日本の技術がタイシルクを育てた?

ラーマ5世

外山亀太郎(とやまかめたろう)博士(1867ー1918)は日本の遺伝学の人です。

この人、最終的に帝国大学(今の東大…農工大かも?)の教授になるんですが、この亀太郎さんが教授になる前の話です。

当時、農商務省の養蚕技師長としてシャム(当時のタイ)に渡り、タイ原産のカイコの品種改良をしたんですね。

まー遺伝が専門ですから。

その研究を行った機関というのが「シャム王室養蚕研究所」です。

ここは農業ではタイ王国の最高学府であるカセサート大学の前身の組織です。

この亀太郎さんが渡タイしていたのが1902年から1905年の間でした。

ちょうどチュラロンコーン大王のご時世です。

チャックリー改革の一環なのかは分かりませんが、当時英仏の侵攻に悩まされていたシャムでは独自商品の開発が必要だったのでしょう。

チャクリー改革(チャクリーかいかく)は、タイのチャクリー王朝・チュラーロンコーン大王(以下ラーマ5世)によって行われた一連の近代化のための改革のことである。ー 引用:Wikipedia

というわけで、現在のタイシルクが出来上がります。

タイシルクの誕生には日本人が大きく関わっていたんですね。

ジム・トンプソンの家は必見。アクセスも簡単!

こうして新種として誕生したタイシルクは、戦前はミャンマーやマレーに輸出していました。

ただ、まだ世界的に有名なシルクというわけではありません。

タイシルクを世界的に有名にしたのはジム・トンプソン(1906-1967)であることは異論を挟む余地がありません。

ジム・トンプソンはタイ語で「จิม ทอมป์สัน」(cim thɔɔmsǎn)です。

彼が戦時中(第二次大戦)にこのタイシルクに目をつけます。

この人かなり怪しい経歴の持ち主で、当初はCIAの前身組織であるOSSに所属します。

で、戦争中は日本と同盟国であったタイに滞在して、戦後もアメリカに帰国しません。

戦後はタイシルクだけでなく、オリエンタルホテルの経営にも関係してたりと、非常に興味の惹かれる人物です。

で、最後は行方不明….

怪しすぎだろ!

とこんなジムさんですが、タイシルクを世界的に広めた最大の功労者が彼なのは間違いありません。

バンコクにはそんな彼の住まいを博物館とし、「ジム・トンプソンの家」として有名観光地となっています。

行ったことのない人は一度訪れてみてはどうでしょう?

場所はセンセープ運河ボートの「Hua Chang」で降りて運河沿いに歩くと着きます。

と、こんな感じで現在のタイシルクはタイ人と日本人とアメリカ人の合作とも言えるんではないでしょうか?

なんか書いてたら、僕も、ひゃ、100パーセントのタイ産のネクタイくらいなら買ってみようか(汗)? という気になってきた..ヤバイ。(ネクタイしないけど)

参考 公式サイトジム・トンプソンの家(英語)

おわり