バンコクに路面電車??

かつては、少し大きめの都市には路面電車が走っているのが当たり前でした。文明の象徴みたいなもんですかね?

日本でも長崎とか札幌とかに路面電車は残っていますが、あ、東京にも気持ち残ってました。世界にはどれくらい残ってるんでしょうか?

あまり興味が無い方もおられるとは思いますが、街の色を決定するのに路面電車って結構大きい要因だと思いません?

今でも路面電車の残っている都市はだいたい個性強めの街が多いような気がします。

そして、実はバンコクにもかつて路面電車が走っていたという事実を知って、ちょっとワクワクしました。

「マジ! バンコクにも路面電車走ってたの!!」

「昔のバンコクってどんな感じ?」

てな具合です。

今回はちょっとだけ前に撮った写真の中で、興味深いものを見つけたので紹介したいと思います。

バンコクの時代祭?

2018年の2月の話です。

バンコクのアナンタサマーコム宮殿(旧国会議事堂)の前の広場でちょっとした行事がありました。

旧国会議事堂

旧国会議事堂

タイ人のみなさんがそれぞれ昔の衣装を着て集まる。えーと、説明下手くそだな(苦笑)。

昔と言っても日本でいうところの明治時代くらいで、その頃をテーマにしたイベントでした。

日本の明治維新のあたるチャックリー改革の直後くらいなので、明治時代まつりですね。

チャックリー改革

チャクリー改革(チャクリーかいかく)は、タイのチャクリー王朝・チュラーロンコーン大王(以下ラーマ5世)によって行われた一連の近代化のための改革のことである。:引用ーWikipedia

อุ่นไอรัก (ùn ai rák)という名前のイベントだったらしいです。

「名前も知らずにどうやって行ったのか?」

と思われそうですが、イベントの趣旨はキチンと理解して訪問しました。

入場料は無料だったんですが、パスポートチェックはしっかりあります。

タイは入場に際し、IDの確認、外国人はパスポートの確認が必要なことが多いので、「ホテルに置いてきた」とかないように注意してください。一応原則はパスポート携行です。

そして、若干入場に時間はかかりましたが、入ってみるとすぐに旧国会議事堂前の広場です。

この広場の周囲には昔の郵便局だとか、銀行だとかのレプリカが設置されて、中はちょっとした博物館みたいになってるんです。

昔の銀行のレプリカ

銀行

銀行といえば金持ち、そして高級車…

なんともいえない、このステレオタイプな構図! しびれます。

まぁ歴史好きにはたまらないイベントでした。

僕もきらいじゃないので、結構楽しめましたが、バンコクの2月です。暑くないわけはありません。

定期的に水分の補給をしないと熱中症に確実にやられるほどの気温です。

昔風のラムネ(?)とか売ってましたが、味はうーんてな感じでした。ジャンクフードの味に関しては、文明の進歩万歳! ですかね。

バンコクのトラム

イベントの紹介ではないので(しかも終わってるし)、とっとと本題に入りたいと思います。

ある施設(多分交通局)の中にある一つのプレートが目に入りました。

バンコクのトラム(路面電車)の路線図です。

ここだけの話なんですが、僕は地図が異常に好きで、目の端にあっても、

「あっ! 地図だ!」ってなるちょっとした変態さんなんです。

あ、分かる人だけわかればいいです。「なんで好きか?」は自分でもわからないんですけど(笑)。

それがこれです。

トラムの路線図

クリックすると拡大します。

地図を見てくれたらわかると思いますが、黒の太線が路面電車のルートのようです。

ちなみに写真のダウンロードは勝手にしてもらっても構いませんが、写真が下手で恥ずかしいので、個人で使用することのみにとどめておいてください。

1950って書いてあるので、この頃の路線図でしょう。

全部で8路線あったようです。Cラインが2つあるのは愛嬌です(笑)

この地図の下にバーンコークと書かれてあるので、まだ現在のクルンテープができる前の時代ですね。まだトンブリーと合併してないようですね。

国名もシャムにするかタイにするかで揺れていた時代だったと思います。

この1950の交通機関の状況をみて、あれやこれやを想像するのが古地図マニアの正しいあり方です(笑)。

どんな路面電車

この当時はまだエアコンとか普及していなかったので、密閉式の車両だと当然なかにいる人達は蒸し焼き状態になってしまいます。

なので、当時の電車には窓ガラスがなく、かなり風通しがよかったようです。

今もまだ残っていれば当然エアコン仕様だったでしょうけど。

シャムは日本の同盟国だったわけですが、終戦5年後といえども、特に焼け野原になったわけでもないので、戦後復興とかもなくて、だんだんと発展していったようです。

地図をいろいろ見てみると、現在のターミナル21のあるアソーク辺りはというと….

「どこ? あーなんか今度そっちまで路線延びるらしーね」

といったかどうか知りませんが、スクンビットのソイ21の別名がアソークなんで、19が建設予定となってるのはかなり草生えます。そのさらに奥なんですねwww

実際、草ボーボーだったかもしれませんけど…(笑)

チャトチャックなんかは、そもそも欄外の周辺地図でも地名が一言も言及されてない。田舎というか、まだ原生林の中だったんでしょう。(嘘です。鉄道の駅はあったはずです)

まだウィークエンドマーケットも王宮前広場から移転するだいぶ前なので、たぶんバンコクですらなかったチャトチャックは、地図から外されてるのは仕方ないことです。

今ではBTSにMRTだとかで、便利になってきましたが、路面電車も味があるので、残しても良かったのにと個人的には思います。たぶん渋滞の原因になるのは間違いなさそうですが(笑)

こんな感じで古い地図を見ながら妄想にふけっている“あそーく”なのでありました。

おわり